ISBN:410401303X 単行本 小川 洋子 新潮社 2003/08/28 ¥1,575

職場は、社員6名、パート20数名、アルバイト6名、外注さんというところ。
必然的に、一回り以上年上の方々とのコミュニケーションが求められる。
どちらかと言うと、そういった方々と話すのは慣れているので、今のところは楽しくやっているが。

この本は、中でも仲の良いパートさんから借りた本。
読書好きの方が多い職場なので、本の話は否応なしに盛り上がり、あっという間に貸し借りの話がまとまったのだ。

家政婦の私が派遣された先は、80分しか記憶が持たない天才的な数学博士の下だった。
数字にしか興味を示さない彼とのコミュニケーションは、私の息子、ルートとの出会いによって大きく変化する。
博士は、私とルートとともに振り返ることのできないその一瞬を生き続ける。

この本の語り方は何と言うか。
何もない真っ白な部屋。
窓からは木漏れ日が降り注ぐ、春。
そこで、初老近くなった主人公の家政婦と、背も伸び声変わりも終わったルートが、当時を振り返りながらゆったりと語っている……。
その席に同席している自分。
温かいコーヒーと甘いクッキーを楽しみながら。
そんなつもりで読んでいた。
会ったこともない博士のことが、1つ1つ染み込むように心の中に入ってくる。

正直な話、数学は大嫌いだ。
1つしかない完全な答えを求めなければならないところが性に合わないから。
しかしその、1つしかない完全な答えがかけがえのないものであるかもしれないことには全く気付いていなかった。
様々な数式によって、数字は新たな意味を持つ。
意外と、面白い、かも……。
数字や数学に親近感を持つ日が来るなんて。

「私」が、ルートが、そして博士が毎日欠かさず抱いていた思いと、それを受諾した上で歩んでいた人生はとても暖かい。
帯にはラブストーリーなんて書いてあるけれど、恋愛と言うよりは家族愛とでも言ったほうがしっくり来るような気がする。

最後まで、メインの3人の名前が明かされないからこそ、他人の話と割り切らずにより身近に感じられた。
この方の他の作品も、手土産とマグカップを持ってお邪魔するような感覚になれるだろうか。

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